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Selfishly

Selfishly

白昼夢 p6


 ~~~ 白昼夢 6 ~~~



・・・・・・・・
『過去の自分が下した決断を愚かしいと思えた時、
 漸く、本当に必要だったものは何かを知った。』



―*―*―*-*―*―
  《 調査票 》

調査対象者名:リリー・メーラー
性別    : 女性
年齢    : 現35歳

ロイはそう書かれている資料を読み進める。
そこに書かれている事程度は、・・・概に知っている。
直接、本人から聞いたことと相違ない事が書かれているのを確認しているだけだ。

彼女は北方の貧しい山間の村で生まれ、20歳になるまでそこを出た事もなく
慎ましやかに暮らしていた。
と書かれていたが、それには多少誤報がある。
ロイが出逢ったリリーという女性は、上昇志向の強い覇気ある女傑で
間違っても、山間で慎ましやかに暮らすことに満足しているような女性ではなかったからだ。
北方では珍しい燃える様な赤毛で自身を飾り、軍の男共にも引けを取らない
気骨を持っていた。
彼女が20歳まで、その寂れた山間で我慢できていたのは単に育ての親が
病がちだったからだ。
孤児だった彼女を引き取り、贅沢とはお世辞にも言えない環境ではあったが
実子と変わらぬ愛情を持って育てていた。

内戦の時に徴収された父親は、戦争の終結を待たずに帰らぬ人となり
それ以来、気が臥せり病がちになった母親を看病しつつ暮らしていた。
軍人でもなく使役の為の徴収人員だった父親に、国が支払ってくれた見舞金など
雀の涙ほどだったから、母娘二人が暮らすためにリリーは時間を惜しむ事無く
身を粉にして働いた。
美貌・・・と言うには御幣があるが、彼女は華やかな容貌と肉感的な肢体をしていたから
村で彼女を狙っていた若者も多かったと思われるが、遊びは遊びと割り切って
所帯を持ちたいと懇願してくる相手をかわしながら過ごしていた。

彼女の人生が大きく変わったのは、母を看病してく内に自分の変わった特性に
気づいたからだ。
最初は気が伏せ気味な母親への気晴らし程度になればと始めた呪い。
街に使いに出たときに、古本市でたまたま見つけた本がそれほど大それたものとは
思わず、描かれた陣を見よう見まねで描いて試してみる。

最初の時にはさほど上手くは行かず、「変わったお呪いね」と微笑む母親の
手慰み程度だったが、本を読み進め理解が深まる程に、効果は大きくなっていく。

父親を失った記憶まで入れ替えは出来なかった当初。
小さな寂しさを紛らわせる為に、母親の悲しい記憶に繋がるものを1つまた1つと
自分の持っている記憶とすり替えていく。
おかげでリリー自身は、悲しみに胸潰れそうな思い出を抱えもしたが、
母親は暫しの幸福を噛み締める事が出来ていたようだった。
最初は効力も、時間も短かったその呪いが、段々と自分の思うように操れるように
なってきた時、これが巷で言われる錬金術で、自分には記憶を操作できる能力が
備わっている事が解ってきたのだった。

その後、余命数日の母親から最大の悲しみの記憶を摩り替える事に成功した彼女は、
少女のように夫への恋心を抱えたまま旅立った母を看取り、噂にだけ聞いた事がある
軍のお抱えの錬金術師になる為に、村を後にした。

が、独学で学ぶには無理が有るのは当然で、リリーは資格を手にする事は出来なかったが、
彼女の特異性に目をつけた軍の上層部からスカウトを受けて、銘ではなくコードネームを
得たのだった。

――― マグダレーナ・・・ 罪深き聖女 ―――

リリーの名を持つ女性に皮肉なコードネームだったが、本人は気にするどころか
面白がっているような豪胆さを持っていた。

そんなリリーと出逢ったのは、イシュバール戦の後・・・。
ロイの精神状態が翳っていた頃だ。
「楽しにてあげましょうか?」と誘うリリーの言葉を頑なに断るロイに、
彼女自身もロイに興味を持ったようだった。
リリーには、ロイの修得してきた錬金術の知識が必要で、ロイには自分の暗く沈みこみそうな
意識を繋げる一時の快楽が必要だったのだ。
特に付き合う約束は二人の間には無く、どちらかの気が向いたときに声をかけ
都合がつけば肌を重ね合う。
そんな関係が数年続いた後、彼女は軍を退役し姿を晦ましてしまった。

彼女がどんな任務に着いていたかは、おぼろげにしか推測できないが
軍があっさりと手を離すようには思えず不可解だった。
そしてロイの中にあった情も、一言も告げずに去った彼女を忍ぶ気持ちを
抱かせたが、そんな感傷に浸れるような日々もなく、今回のエドワードの件で
持ち上がって来なければ、そのまま埋もれて消え去っていた名前だろう。




それがまたこうして浮かび上がり、ロイの目の前へと姿を現してきたことを
ただの偶然と片付けれるほど、ロイも御気楽な人生を過ごしては来なかった。
それに・・・・消されたのはロイの記憶なのだ。
彼女からの何かの暗号を思うのは、当然だろう。


「・・・さ。大佐」
自分を呼ぶ声に、ロイははっとなって目の前の書面から視線を上げる。
「・・・・・大丈夫ですか?」
自分を心配そうに覗きこんでくる瞳に、ロイは大丈夫だと伝えるように
頭を振って応える。
「ああ、私は大丈夫だが・・・。何かあったのか?」
そう聞き返したロイに、副官が困ったように言い淀む様子を見せる。
「どうした?」
特に急ぎの書類を溜めている事も、困った事件も起きてない今、
冷静なこの副官が躊躇うようなことが自分に有っただろうか?と、
ロイは思わず訝しむように、手元の机の上を見やってみる。
が、そこには珍しくも綺麗に未決済書類1枚もない卓上が見渡せるだけだ。
「大佐、本日も随分と遅くなっております」
そう告げられ、ふと掛け時計に目をやれば、確かに定時などとうに過ぎている。
「・・・・もう、こんな時刻か。
 中尉、君も無理せずにそろそろ上がり給え」
そう告げるロイに、彼女は困ったように嘆息を吐いて返してくる。
「何なんだ?」
そんな彼女の反応に、どうしたのかとロイが問い返せば。
「いえ・・・、お帰り頂きたいのは、大佐の方こそです。
 昨日もお泊りになっていたようですが、そこまで根を詰められなくとも
 今の状況でしたら、週末は時間を空けれますし」
そう告げられて、漸く中尉を困らせている元凶が自分だと判る。
「・・・・・そうだな。
 もう少しして目処が着いたら帰らせてもらうとしよう・・・」
そう返事を返すと、ロイは手元にある調査票に目線を落す。
が、その資料はもう何度となく読み返し終わっているもので、
さして長くもない為か、暗証できるほどだと言うのに・・・。

ロイに動く気がないと判ったのか、副官が音なくため息をついた気配が伝わってきた。
そして。
「そうおっしゃると思って、もう車の手配を済ませております。
 その書面から離れ難いのでしたら、どうぞお持ち帰り下さい。

 ハボック少尉!」
そう告げて、隣の部屋で待機していたのだろうハボックの名を呼ぶ。
「アイサ、お任せ下さい!」
ふざけた敬礼をして見せながら、ハボックはロイの傍らに近付くと
がっちりと腕を掴んで引っ張り上げる。
「ちょっ!! 待て待て待て! いきなり上官に何をするんだ!」
ホークアイの言葉に驚いていて、反応に出遅れたロイが遅ればせながら抵抗を見せる。
「大佐、いい加減に言う事を聞いて下さい。
 それにエドワード君にも、お帰りを伝えてますので」
ホークアイがエドワードの名前を出すと、ロイの抵抗が覿面に治まる。
「・・・・・エドワード君たち、気にしていましたよ?
 自分達の所為で、大佐が帰れないほど忙しいんじゃないのかって。
 いい歳をした大人が、子供にそんなに気を使わせるのは如何なものかと」
彼女の声には、ロイへの気遣い半分、非難が半分混じっている。
「――――― そうだな・・・。彼らに気遣われるようでは、
 大人失格だ。     帰るぞ」
最後の言葉は今だ自分の腕を掴んでいるハボックに向けられたものだ。
「了解! 車は玄関に回し済みですんで」

ハボックを共に司令部を出ていくロイの背後を、ホークアイは複雑な心境で見送る。
ロイの心中を察すれば、ホークアイとて同情せずにはおれない。
が・・・、だからと言って、それから目を背けていても埒が明かないのだ。
考えたくはないが、最悪――― エドワードの記憶が戻らないという事になれば、
今後、この状況は一生変わらない事になる。
なら、今の間に出来る事・・・・・新しい関係を築く事も、今後の布石としては必要だろう。
それが余計な杞憂で終わってくれる事を願いはするが・・・・・。



 *****

玄関のチャイムを鳴らす事無く、ロイは持っていた鍵で扉を開けて入っていく。
時刻も時刻なので、一緒か別々かは判らないが、あの兄弟達は部屋か書庫に
入っているだろうと思っていた予想を裏切って、バタバタと騒がしい音と共に
兄弟2人が顔を覗かせてくる。

「あっ、帰ってきた。お帰り~」
「お疲れ様でした、大佐」
大小のコンビが揃って迎えてくれるのに、ロイは少なからず驚きながらも
「ただいま・・・」と躊躇いがちに挨拶を返した。
食事は風呂はと気を利かせて訊ねてくる二人に、どちらもまだだと伝えると、
どちらが先がいいかと聞き返され、取り合えず汗を流したいのもあって
風呂と返す。

「じゃあ、丁度出来上がりに都合がいいよな」
そう言って、エドワードは忙しそうにキッチンへと戻っていく。
そう言えば、どこで見つけたのか買ってきたのかシンプルなエプロンを着けていた。
ロイが買って置いておいたことは覚えが無いから、自分で用意したのだろう。
「大佐、着替えは洗濯物から用意して有りますんで、どうぞお風呂に
 入って来て下さい。
 兄さん、今日は大佐が戻ってくるって聞いて、張り切って夕食作ってますから
 楽しみにしていて下さいね」
そう伝えて、甲斐甲斐しくもロイの外套と荷物を受け取ってくれる。
「アルフォンス君・・・」
呼びかけたまま黙り込んだロイの気持ちを代弁したように、アルフォンスは
言葉を続けてくる。
「大丈夫ですよ。兄さん、大佐のことを忘れたままで良いとは思ってはいません」
その言葉はロイにとっては慰めにしか聞こえない。
彼は、エドワードはロイの前ではっきりと告げたのだ。
―― 記憶は無くても、支障は無い・・・と――
そんな考えが表情に浮かんでいたのは、やはり疲れていたからだろうか・・・。
「・・・大佐には信じてもらえないとは思うんですけど。
 でも、僕には判るんです・・・兄さんの気持ちが」
「鋼ののきもち・・・?」
「ええ。兄さんはいつも僕の事を優先する余り、極端に走ったり
 ・・・・・自分を犠牲にしたり。
 だから大佐の事も・・・・・本当は思い出したいと思ってはいるんです。
 でも、――― 賢者の石への手懸りを失うのは・・・・・・」
それはロイにも痛いほど判る。
エドワードの今の人生は、その為だけに生きていると言っても過言ではない生き方だ。
彼が自分の手足の為だけだったら、・・・多分、ここまで固執もしなければ
賢者の石自体探そうとも思わなかっただろう。

この今目の前の、鎧の姿になってしまった弟が存在していなければ。
そしてこの弟は、そんな兄の心情を誰よりも傍で見続け、感じてきた存在なのだ。
ロイはそんな事をこの心根の優しい子供に言わせてしまった事を後悔しながら、
済まないと呟きながら、大きな鎧の姿の子供の方に手を置く。
「いいえ、とんでもありません。元々は兄さんの独走が原因なんですから
 大佐が謝らなければならない事は全然ありませんよ。

 大佐・・・・・、今の兄さんには賢者の石の情報と交換してまでの
 決断は出来ません」
きっぱりと告げられた言葉を、ロイは深く胸に突き刺さる痛みと共に受ける。
「・・・・・勿論だ。それほどの価値が、私の記憶と引き換えであるはずが無い」
自虐的なロイの言葉に、アルフォンスが慌てたように口早に告げてくる。
「違いますよ、大佐! 今は無理だと、僕は言ったんです」
焦って告げられた言葉に、ロイは思わず視線をアルフォンスに向ける。
「兄さんをもっと信じてやって下さい!
 もし情報が記憶と引き換えなら、今は情報を優先するでしょうけど。
 ――― その後、ちゃんと記憶を戻す方法を・・・・・兄さんなら見つけると思うんです」
「その後? 戻す方法・・・」
「そうですよ! 当然でしょ?
 兄さん、ちゃんと記憶を戻す方法も調べているんですから」
「・・・・・鋼のが?」
「はい! 卑怯かも知れないですけど、錬成後ならもう情報の記憶は
 僕達には必要なくなるでしょ? だから、その後に取り戻す算段を
 すれば言いかって話し合ってて」
そのアルフォンスの話に、ロイは茫然として暫く動きさえ止めて
アルフォンスを見上げたままになる。
「・・・・・が、鋼のは・・・・帰って家をと・・・」
意識せず呟かれた言葉は、先日エドワードから聞いた言葉だ。
「帰る? ――― ああ。家を建てるって話ですよね。
 でも、それが変ですか?」
大佐が何をそんなに驚くのか判らず、アルフォンスは不思議そうに
首を傾げて見せてくる。
「そうすれば・・・・・。軍とは無関係になるだろう?」
「ええ、そうですけど・・・・、僕達、元々軍人になるつもりははかったし」
ロイの懊悩を、あっさりと肯定されてしまえば、ロイにしても何も言い返せない。
「・・・・・あのぉ、大佐。大佐って、僕たちに失礼な思い違い持ってません?」
幾分不機嫌そうな声でそう聞かれて、ロイはわけもわからずアルフォンスを見続ける。
「幾ら僕らが軍に関係無くなったとしても、それで今まで助けて下さってきた人たちを
 忘れるとか、関係を切るとかって――― そこまで恩知らずじゃないですよ」
アルフォンスに告げられ、ロイは呆気に取られたような気になる。

そこまで話している最中に、エドワードが怒ったように二人に話しかけてきた。
「お前ら、そんなとこで、いつまでしゃべってんだよ!
 料理が出来ちまうだろうが。アル、さっさと手伝えよ!
 んで大佐。何やってんだ、あんた。
 疲れてんだから、さっさと風呂入って、飯食って寝ろよな」
怒鳴るだけ怒鳴ると、エドワードは足音も高く引っ込んで行った。
「いけない、いけない。兄さん、焼餅焼きなんで大佐を独り占めしたら、
 機嫌悪くなっちゃうんだよね。
 という事で、聞きたい事は兄さんに続きをどうぞ。
 言葉は悪いですけど、それが兄の物言いなんで。
 言葉にして伝えないのも、兄さんの悪い癖なんですよ」
そう告げてくる間にも、キッチンからはエドワードのアルフォンスを呼ぶ
苛立った声が響いてくる。
「すぐ行くよぉー。もう兄さんたら、せっかちなんだから」
ブツブツと不満を洩らしながら、アルフォンスはガチャガチャと鎧を鳴らしながら
歩き去っていく。


そして、残されたロイといえば・・・。

これ以上、エドワードを待たせてはと浴室へと足を踏み入れるが、
妙に足元が覚束ない気がする。
服を脱ぎながらふと目には言った洗面所の鏡には、恥かしいほど紅く染まっている
自分の顔が映っていた。
ロイは鏡に手を付いて、視線を俯かせると空いている手で自分の顔を撫ぜる。
「・・・・・・本当に・・・情けなさ過ぎるな、私は・・・・・」
と、自身に言い聞かせるように呟いた。


諦める事ばかり上手くなっていく大人と違って、子供は決して引く事をしない。
もろもろの重荷を抱えていてさえも、その背に羽根がある如く
前へと、先へと、未来へと可能性を掴む為に羽ばたいていく。

そんな子供達を見縊っていたのは、ロイだ。
子供だから。幼いからと、まるで大人は切り捨てられるだけだと、
妙に露悪的な思考に走ってしまっていた。
が、彼らはもっと進んでいる生き物だったのだ。
大人より多くの夢と可能性を持つ彼らは、選ぶ道も視野の狭くなっている
自分とは格段に違うのだと・・・・・今まさに痛感している。





出来るだけ手早く風呂を終わらせ、ロイが少々焦ってキッチンへと
入って行ってみれば、不機嫌全開のエドワードが並べられた皿の前で
手持ち無沙汰に行儀悪く頬付えの姿勢で、フォークで皿の淵を叩いていた。
「済まない、遅くなって・・・」
そう告げながら、テーブルに並んでいる二組の皿に目を瞠る。
「・・・・・君も、まだ、だったのか・・・」
躊躇いがちに口にして確認してみれば、エドワードは顔を背けたまま
ぶっきらぼうな返事を返してくる。
「べーっつにぃ。 偶々、今日は本当に偶々・・・・・さっきまで
 文献に熱中してて・・・・。だから、遅くなったんだよ」
そう言っては、ロイに早く座るようにと急かしてくる。
「いただきまーす!」
待ちかねたと料理に手を出すエドワードを見ながら、ロイも真似て
「頂きます」と挨拶をしてから、スプーンを手に取った。
目の前で湯気を立てているスープは、見事な琥珀色だった。
ロイはそっと掬ったスプーンに口を付け含んでみて驚いた。

これだけのコンソメのスープは、短時間で作れるものではない。
自分では料理はしないが、美味しいものには精通している。
そして、このスープがどれだけ手間隙かかるものかも・・・。

ロイは並べられた他の料理の皿にも目をやる。
肉にしても、鳥にしても、魚にしても・・・全て下拵えから
きっちりとなされなくては作れない料理の数々。
それも出来るだけロイに出来たてを食べさせようと思ってくれたのか
料理の時間も計算して調理したのだろう。

ロイは染み渡るスープを口に含んで、味わうようにして飲み干していく。
そして・・・彼が。エドワードがどれだけ思いやりに溢れた人間かを
思い出したのだった。
自分との記憶を無くしたからと言って、彼の人となりまでは変わりはしない。
どうしてそのことまでも、失念していたのだろう・・・。
エドワードは言葉で伝えるのは得手としていない。
それでも彼が人から好かれるのは、彼の行動が示すからだという事を。


ロイが深い思いを噛み締めている間も、エドワードは気にかける素振りを
見せずに、ロイを窺っている。
ロイはほぉーと吐息とともに、胸のつかえをも外へと吐き出す。
そして、喜びを満面に表した笑みでエドワードに伝える。
「素晴らしく美味しいよ。ありがとう、エドワード」
自然にエドワードの名前が出る。呼ばれた本人は驚いたように目を丸くするが、
特におかしいとも思わなかったのか、「そ。口に合って良かったな」と
他人事のように告げてくるが、その口元は嬉しさの為か綻んでしまったいた。

それからの食事は、愉しく進んで行く。
ロイの為にと出されたワインは、エドワードなりの経験からなのだろうか。
一昨日の晩にロイが飲んでいたのを見てか、良く似た物を選んで
冷やしてくれていたのだろう。
料理に合う合わないではなく、そんなエドワードの気配りが、
妙に知識ばった人間に差し出されるものより、遥かに美味しく飲ませてくれる。

・・・・・ 『聞きたいことの続きは、兄さんにどうぞ』・・・・・

そう言っていたアルフォンスの言葉が頭に浮かんできた。
まだ今は半信半疑なのが本音ではあったが、この雰囲気の中でなら
聞けるかもしれない。
警戒心の無いエドワードの笑い顔に惹かれるようにして、ロイはエドワードに
尋ねてみる。

「エドワード。もし君が故郷に戻って・・・・私が逢いに行ったら、君は。
 ・・・・・逢ってくれるだろうか?」

脈絡の繋がらないロイの言葉に、エドワードはキョトンとした表情を見せるが。
「何? リゼンブールに来る予定でもあんの?」
と聞き返してくる。
「いや・・・今のところは、そんな予定はないのだが・・・」

――― 君が帰ったら、それが予定の理由になるだろう ――

どんな反応が返ってくるのかと、一抹の不安を抱えながらエドワードの
様子を窺ってみれば、彼はあっけらかんと了承を伝えてくる。

「別にいいぜ? 俺に暇が出来れば案内くらいしてやるけど、
 な~にも無いとこだぜ」
その返答に、ロイは信じれない思いでエドワードの顔を見つめてしまう。
「でも、宿屋とかない位田舎の街だからさ。宿泊の手配はしておけよ?
 ・・・・まぁ、俺らのとこで良かったら泊めるくらいはしてやってもいいけど」
と少々気恥ずかしそうではあるが、そんな嬉しい申し出まで言ってくれる。
「・・・・・ありがとう。その時は、ぜひ招待して欲しい・・・」
ロイが噛み締めている喜びは、言葉には出来ないほど胸を震わせている。

信じられなくて、信じられなくて・・・嘘みたいだ。

ロイが感動に浸っている間も、それを知らないエドワードは次々と
ロイの予想外の未来を語り続けていく。

「OK! そん時は任せてくれ。
 でも等価交換だから、俺がこっちに出てくるときは、大佐が泊めてくれよ」
その言葉に、ロイはパチクリと目を瞬かせる。
「・・・・何だよ、ずうずうしいとか思ってんのか?
 仕方ないだろ。資格返上したら、今までみたいに金を使えなくなるんだから
 節約できるとこはしないとな」
そう弁解しながら、口に料理を放り込むと口を閉じた。
「勿論・・・・いや、ぜひとも君に来てもらいたいよ。
 これだけ美味しい手料理を披露してくれるのなら、本当にいつでも
 何日でも居て欲しい」
エドワードの気が変わらぬうちにと、ロイは懇願する程の強さで
エドワードにそう返す。
「・・・何だよ、俺は家政婦かってーの。
 まぁでも、料理くらいしてやっても、いいけどさ」
憎まれ口の後には、満更でもないエドワードの了承。
ロイは先程からずっとリピートしている単語をまた鳴らす。

信じられないほど嬉しい。
嬉し過ぎるからこそ信じられないのか、まだエドワードの言葉に
確証が得れないから信じきれないのか・・・。

でも。と思う。
もう信じられなくても、信じきれてなくても、どっちでも構いやしない。
エドワードは二言する人間ではない。
自分の耳や思考が信じきれなくとも、エドワードを信じる事は出来る。

それで十分なのだと・・・。


どうして彼を諦めようと思えたのか。
そんな自分が愚かしく思えて仕方が無い。
これだけ自分を揺さぶる相手に出会って、それを諦めるなど
出来もしないことを、出来ると思っていた自分の傲慢さが馬鹿らしい。

彼は自分を忘れてしまった。
でもそんな事は、対した事ではないのだ。
失せ物を探し出し。
見つけられなかったら、新しいものを掴めばいい。
自分が手を伸ばし続ける限り、掴めるものは幾らでも得れるのだから・・・。











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